出会いの未来があるのならば―――――。

  神様、どうかこの想いを罪と言わないで下さい。

  ありのままに、真実のままに、コイツが好きです。

        
  だから俺はもうこの恋から逃げたりはしません。

               
  何故なら拝む事よりも、閉じた瞳の中、『上等』 と言う、寧ろ誓いと宣言に似た言葉が、

  今この場に一番相応しいように思っている自分自身を、誇らしく思うのだから。




          
          

         

   純愛T・時の砂



              
         






         


  男は誰もがそう―――子供の様な勝手な寂しがりやで。
         
  例えばこんな独りぼっちな夜は、特に酷い孤独な気分や人恋しい気分に襲われるものである。


         
  と、俺は思う。

              
         
         
  大晦日から元旦にかけて、変わらぬ仲間達と飲んでは騒ぎ、遊び疲れて

  世の中は一般的に正月休みという、誰もが浮かれるこの時期。
              
  点けっぱなしのテレビから聞こえる新年を飾る挨拶の言葉には、いい加減ウンザリさせられる。

  真新しいカレンダーに目をやると、今日の日付の欄には母親の字で書かれた
         
  『 2泊3日温泉旅行 』、という気合の入った赤色の文字。
              
  しかも語尾には、ハートマークまでしっかりと描かれていて、「何歳なんだよ。」と思わず苦笑が零れた。

              
         
  カウントダウンで盛り上がった仲間達も、1月2日を過ぎる頃には
         
  親戚の家に挨拶周りや、家族旅行などガラにも無い事を、この歳になると何気にやり始めた。 
              
  なんつうか、家族サービスってヤツ? もちろん、俺だって―――――。

              
        
  母親が福引で当てた正月温泉旅行に、餞別にと少しばかりのお金を包んだくらいだ。
              
  高校を卒業して俺が働き出した為、少しは時間にも生活にもゆとりが出来た母親は
         
  今まで出来なかった旅行や習い事をしたがるようになったのは最近の事。

  俺はその事に何に言わないし干渉もしねぇけど、小さな満足に似た幸せと喜びを得ていた。

              
         
  「あーー!!暇っ!! 暇だっつーの!」

              
         
  剥いていたみかんを中断し、そのままドサリと崩れる様にしてコタツで横になる。
         
  母親が大掃除に力を入れたのだろう。

  目に映った電気がいつもより明るくて、思わず目を細めてしまう。

         
         
  「つまんねぇの。」

              
         
         
  いつもは狭いと文句ばかり垂れるこの古いアパートも一人の人間が居ないだけで、何処よりも広く静かな場所に感じるものだから不思議である。

  寝転がったままテレビのチャンネルを変える試みをしてみたものの、最後には電源を落とし、出たのは深い溜息だった。

              
         
  そんな時に、不と目に留まったアル物。

  何かの景品にでも付いていて得たのか、電話台にポツンと置かれた砂時計。
         
  その横には皆が持っているだろう、高校時代の集合写真が母親の手によって飾られていて―――――。
         
  あの日の笑顔は、今も色褪せる事なく輝いている。

         
  身体は起こさず、手を精一杯伸ばし、その砂時計を手に取ってみた。
              
  ガラスの中に入ったピンク色の砂は傾ける度にサラサラと自由自在に動き始める。

              
         
  「…単純。」
              
              
         
  その単純な作りである砂時計に、何故か不思議な程、魅了させられるものがあって

  寝転び肘をつきながら、その砂の落ち行く光景を暫く漠然と眺めていた。

            
        

  ――――砂時計のように、時間があの頃に戻ればいいのに。

              
         
  心で感じた事は、今となっては懐かしい4年も経ったあの頃の時代。
         
  一人の女と出会って、やっと光を見つけた。

  あの頃そんな気がしていたのは、俺だけではなかっただろう。

         
         
  彼女の長い髪が好きだった。
         
  吹く風に紛れて届く、仄かな甘い香りが好きだった。
         
  彼女の声が、瞳が、笑顔が、些細な仕草全てが好きだった。

         
  だけど卒業を境に、あの頃に振り向いたら負けだと、そんな風に感じた。

  彼女の事を特別な目で見ていた奴なら、俺と同じように感じた奴が他にも居たのかも。
         
         

  チラリ。
         
  電話台に飾られた写真立ての中で笑う、何人かの思い当たる男を見て一人鼻で笑った。

         
         

  彼女は卑怯な事や、曲がった事が大嫌いだった。
         
  その事を誰よりも深く理解していたのは俺達生徒であり、彼女に「特別」を感じてしまった奴ら。

  正直あの頃は言いようのない胸の痛みを覚えた日もあったが、その分の暖かい気持や和み

  そして溢れんばかりの愛情を、彼女は俺達に与えてくれたから―――――。
         
  だからこそ、ソレは今現在も変わらなくて、決して曲げられない俺の堅い信念と言っても相応しいだろう。

         
         
  彼女とは、仲間を交えてたまに会う事はある。
         
  相変らずな変わらない笑みと、濁りの知らない瞳には、会う度に安らぎを与えてくれる。

         

  「…アイツ何やってんだろ。」

         

  正月番組を見ながら、おせち料理を酒の肴に大酒食らっている彼女が
         
  深く考える間もなく頭に浮かんだものだから、思わずクスクスと暖かい笑みが零れた。

         
         
  傍に有った灰皿を引き寄せ、煙草に火を点ける。
         
  母親がこの場に居たら、間違いなく「寝煙草はやめなさい。」と説教を垂れるだろうが
         
  今はそのうるさい言葉が無いだけで虚しい気持に襲われるから、男というモノは情けない勝手な人間なのだと思う。

  そう、こんな風に思い出だけが大切に感じる一人の夜はとくに。

         
         
         
         
  砂時計の砂が全部下に滑り落ちる、そんな時だった。
       
  思いも因らない人物からの携帯の着信音が鳴り響いたのは。

         
  「おっ?俺みたいに暇人やってる奴が、他にも居たのかぁー。」

         
  寂しさからの開放感と、この暇で仕方がない場からの救いの期待を込めて、
         
  手探りでコタツの上にあった携帯を掴み、寝転んだまま電話に出てみる。

         

  「 はい、はーい♪ 」

  『 おっ!ヤケにご機嫌な声じゃねーか。 』

  「 げっ。 」

         
         
  この声は。
              
         

  たった今、考えていた女からの電話に驚き、思わず出てしまった第一声は
         
  新年早々彼女からの激を食らわせられる一言となった事は、言うまでも無いだろう。

         

  『 げっ…て。コラ内山っ!! 新年早々恩師にその言葉はないんじゃねぇのか!?…たく。 』

  「 あ、あはは。。 ヤンクミ、あけおめ〜♪ 」
         
  『 おう!明けましておめでとう! 』
         
  「 …で?」

         


  言葉が上手く見つからなくて、簡潔の度を越した問い方をしてしまう。
         
  その事で益々彼女の機嫌を損なうような嫌な予感がしたのだが、それは見事に外れたのであった。

         

  『 うっふっふ。 』

  「 な、何だよ? 」

         
  『 お前暇人だろー?誰も電話繋がんなかったのに出たのはお前だけだぞー。 』

         
  「 げっ、マジ?…て。お前だって暇人だろうがぁ、しかも威張んなっ! 」

  『 まぁまぁ。堅い事言うなって♪ 』

              
         
  コイツは何の用事で電話してきたんだ? 
  
  そんな事が頭にぐるぐる回る。
              
         
  でもその片隅で何かの誘いかと期待もしている己は、かなり情けない奴だと心底思う。

         
         
  『 んじゃ、少し付き合えよー♪ 』 

  「 まじっ? 」

         
  こちらの反応に「嫌なのかよ…」と少し不機嫌そうな彼女だったけど、
         
  本当は喜びの一声だって事を彼女は全く知らないし、理解出来なかっただろう。
              
              
         
  電話で簡潔に待ち合わせ時間と場所を言い残した彼女は、「遅れんなよっ」と
         
  俺が知っている中の高校時代からの口癖を、最後に一言、言い残して電話を切ったのだった。 

         
         


  不思議だった。
              
         
         



  あの頃に戻れたら―――――。

  密かに時を刻む砂に願い、その願いが叶った様に思い感じた。

  思い出だけが大切に感じる夜だったからこそ、そんな風に感じたのかもしれない。
         
  そんな話しをしたらきっと誰もが笑うだろうけど、でも本当にそう思ったんだ。

         
         

         
  出るのを拒んでいたコタツから勢いよく飛び出し、ダウンを羽織り、ニット帽を深くかぶる。
         
  財布と携帯を、羽織ったダウンジャケットのポケットに突っ込む。

  同時に反対のポケットには無意識に突っ込んだ砂時計。
         
  今でもその自分の行動は上手く説明出来ないけれど、

  電気を消しアパートを出ようとした時にもう一度目に留まったソレは、不思議とても輝いて見えて――――。
              
  誰かの大切な贈り物のようにな、この先の俺の人生に深く係わるようなそんな気がしたんだ。


         

  そして俺は暮れかけた冬の街に飛び出したのだった。



              

         

         
         




  繁華街から少し離れた、線路沿い近くにある公園。
        
  ここはあの時代、仲間達と朝の待ち合わせ場所として使っていた、そんな場所だ。
              
  ファミレスや熊の店やカラオケ、ボーリングにゲーセンと―――待ち合わせ場所は多々あるけど
         
  卒業して以来ココで誰かと待ち合わせする何て事は、一度も無かったように思う。

         
  冷えた手に息を吹きかけながら、公園内をぐるりと見渡す。
         
  卒業して以来ハジメテだったからか、何だかソコは4年の月日の跡を見たように感じた。
              
             
         
  「遅れんなよって。お前が遅れてどうすんだよ?」

  「まぁ新年早々堅い事言うなって。 はい!コレは侘びって事で。」

            
         
  彼女が俺に手渡したのは、暖かい缶のミルクティー。
         
  こんなところは本当に良く気が付く奴だと思う。

         
  ホント変わんなくて。嫌んなる。

         
         

  「…安い侘びだことで。」

         

  言葉とは裏腹に押さえられない笑みを零しながら、彼女の手からソレを受け取る。
         
  照れて視線を外した俺を見て、彼女が微笑しながら背伸びしてニット帽の上から頭を撫でた。

  単純な事にも、冷えた手よりも暖かくなったのは俺の心の方だった。

         

  「…で?何処行く訳?」

  「うっふっふ。 ジャーン。」

         

  彼女が胸を張りながら俺の前に突きつけ、見せたのは封筒。
         
  怪訝な顔付きで受け取り、その中身を一応確認するとソコには何の変哲もない一枚の紙切れ。

         
  「正月限定。新年…焼肉食べ放題&飲み放題?」

  「おうよ!あたしだってヤル時はヤルんだよっ!こんちくしょう!」

         
  ズビッと鼻をすすりながら、力説する彼女に正直苦笑する事しか出来なかった。

         
         

  「たかが、商店街の福引じゃんか。」

  「たかが…って。 す、すごい倍率なんだぞっ!!

            
  「惜しくも温泉旅行は他の誰かに持っていかれちまったけど…ブツブツ。
            
  ・・・て、おいっ!!何でコレが商店街の福引で当てたって、お前が知ってんだよぉ!?」




  「まぁ・・・訳ありっつう事で。」

         



  不審がる彼女に悪戯な笑みをお返し。
              
  あんな気味が悪い猿のイラストが描かれた封筒。一度見たら忘れられない。
         
  ―――そう。母親も息を切らして買い物から帰って来たかと思うと、その同じ封筒を、今の彼女のように俺に見せつけたのだから。

              
         
  「これって、隣町だよな、確か?」

  「そう何だよっ!人数が多い方がタクシー代稼げると思ったのに、丁度7人の計算が…」

  「…せこっ。」

         

  見れば確かに券は「7名様」までとなっている。
         
  7人揃ってもタクシーは2台になる事実を彼女は解っているのだろうか?
         
         
  どうせ、この質問を投げ掛けても…皆揃った方が楽しいとでも言って笑って誤魔化すのだろうケド。
         
         



  ん?
  
  7人?
              
         


  「なぁ。」

  「ん?」

  「7人って何?」

  「その方が安いじゃん。楽しいし♪」

         


  やっぱり何も考えていない行動だったらしい。
         
  その事が理解出来る俺なのだから、「凄げぇかも」と、我ながら感心した。

         

  「違げぇよ。俺達はいつも5人でお前入れて6人だろ?お前の計算で言う…あと一人って誰?」

         
  「…あっ。ま、まぁ、いいじゃんか♪ 今度教えてやるよっ。」

         

  そう言って逃げるようにして、歩き出す彼女。
         
  彼女は昔から驚く事でも無い事を、秘密主義にする変な正確を持つ持ち主だ。

  本人は後に驚かせてやろうとはりきっているのだろうが、皆は呆れる程、全くと言っても良い程、驚かず・・・。
         
  あまりにもつまらな過ぎて同情し、驚く素振りをする奴もいたくらいだ。

         
  彼女が驚かせてやろうという、その事よりも、

  普段繰り広げられる彼女の行動の方がよっぽど毎日驚いていた事実を本人は知らないから幸せである。

         
         
         
  公園を出た所で彼女が背伸びをして手を上げタクシーを止めようとするが、虚しく2人の前を素通りして行く。

         


  「むっ。この美人が目に入らねぇのかってんだぁ。」

  「入らねぇんだろなぁ。」

  「何ー? じゃあ次はお前がやってみろよっ。」

         

  子供のように意地になって言う彼女に笑いながら、
         
  俺が手を上げると、いとも簡単に俺達の前で止まった一台のタクシー。

         

  「どーぞ。」

  「な、何でだぁ;」

  「ばーか。お前はちっこくて分かりずれぇんだよ、俺はその点、背が高けぇからだっつうの。」

  「か、帰りは負けねぇからなっ!」

         

  「へいへい。」と呆れた口調で返事をしながら、彼女をタクシーの中へ促す。
         
  行き先を告げて進む中も、彼女はしつこく既に帰りの行動を決めては熱く語るのだった。

         
         


  「面白いカップルだねぇ。」

            
  「「 はっ!? 」」
         
         


  突然の運転席から掛けられた問題発言は、2人見事に声をはもらせた。

         

         

  「違うよっ、おじさん!コイツは、あ、あたしの元生徒!」

         
  「えっ、そうなのかい?これは失礼…なんだ、でもホント仲の良いカップルかと思ったよ。」

  「………。」

  「違う、違う! それより、おじさん聞いてよ!実はね、今から―――。」

         

  今日初めて会っただろうその男性に、自分が当てた福引についてベラベラと語り出す彼女の横で

  俺は目まいすら覚えそうな、そんな胸の熱い高鳴りを覚えていた。

           


  そんな風に一応見えるんだ。

         
         

  気付けば彼女が財布を取り出して、支払いをしようとしている。

         


  「あ。俺払うから。」

  「いいって、アタシが付き合わせたんだからっ。」

  「俺、働いてんだぞ。こんくらい…あ、じゃ帰り払うよ。 ワリカンなら文句ねぇだろ。 第一始めはそのつもりだったくせに。」

  「うっ。」

         
  バツが悪そうな表情で運転手に勘定を済ませてタクシーから下りると
         
  既に友達にでもなった気でいる運転手に満面の笑みで手を振る彼女らしい行動に、俺らしい笑みがまた一つ零れた。

        

         

         
  「「 乾杯ー!!」」

         


  「 ご注文は? 」 の店員の質問に二人揃って

  「 「生 」」  と見事にはもらせると、店員と周りに居た客がクスクスと俺達を見て笑った。
 
  何だかとても心地の良い、恥ずかしさだった。

  店内では肉の焼き方はどうだの、タンは始めだの―――。

  それは一言一言うるさくて、何度も肉が喉を詰まりそうになったくらいだ。

         


  「もう、4年にもなるんだなぁ。…早いもんだなぁ。」

  「…だな。」

         

  始めは意気込んで食べ始めた焼肉も、既に火を止め今では、「カラン」と氷がグラスの中で音を奏でる。
         
  2人して途中で代えた焼酎のグラスが汗をかいている。
         
  始めは盛り上がった世間話しや近況報告もそろそろ底をついて、出た言葉は2人共あの時代の事だった。

         

  「毎年思うんだけどさぁ、春に咲く桜はお前らの香りがすんだよなぁ。」

  「…ふっ。何だそれ。」

  「何でしょうねぇ。」

         

  全く会話になっていない会話で二人して静かに笑う。

  その時、不意に思い出したポケットに突っ込んだままの、あの砂時計。
         
  今日のキッカケを作ってくれたのかもしれないソレを、何だか彼女に無性に見て欲しくなったんだ。

        

  コトン。

         

  傍にあったダウンジャケットのポケットから砂時計を取り出しテーブルの上に静かに置いた。

         

         

  「砂…時計?」

  「ん。これさぁ、俺ん家にあったんだけど、なーんか、気に入ってさぁ」

         

  彼女がそっと砂時計を手に取って言う。

         

  「時間とか、大切な時の流れの中に何か、お前に不満や気になる事でもあるからじゃないのか?」

         
         


  図星だった。
         
  認めたくないけど当たっていた。

         
  俺は暫く言葉を捜し、選んでいた。
         
  彼女はそんな俺に何も言わず黙って待ってくれているようだった。

         

  「…かもしんねぇ。」

  「……。」

  「けど、昔の事をウダウダ言っても、振り返っても仕方ねぇ事もあんだよ。 第一、振り返ったとしてももソコには答えが無いような気がするし…」」
         
  「いいじゃんか。」
         
  「…は?」

  「答えがなくてもさ。」

  「…よくねぇよ。」

         



   静かに言った俺の言葉に、彼女はそれ以上何も言わなかった。
         
   「そっか。」と一言だけ言ってから立ち上がり、俺の髪をクシャリとまた撫でると、会計票を持って支払いを済ませに行った。

   その時に彼女の手から優しく置かれた目の前の砂時計が、 また時間を刻む姿を見せるように、サラサラと滑り落ちていた。



         
   タクシーは彼女が何度手を大きく上げて振っても、止まる事を知らなくて、見かねた俺が彼女に分からないように少し後ろで手を上げて止めた。

   もちろん彼女は自分が止めてやったとばかりに、胸を張り喜んでいたけど。

         
   帰りのタクシーの中では、二人何故か言葉数が少なかった。
         

         
   もうすぐ待ち合わせに使った公園前に到着するという所で、彼女が運転手に行き先を急に変更させる。

         

   「おい、何処行くんだよ。」

   「こういう時は神頼みみしかないでしょ。時期的にも丁度いいじゃん♪」

         
         
   参拝とは――――何とも彼女らしい発言だった。
         
   髪をかき上げ窓の外を見ながら照れ隠しに俺は一言。

         

   「ホテルにでも、連れこまれるかと思ったぜ。」

         

   冗談で言った言葉に彼女が通用する訳もなく、気付いた時には既に遅し。
         
   今年初めて腹に一つパンチを食らわされる事とは言うまでも無いだろう。
         


         

         

         





   あの頃は皆、何かを答えてくれる温もりを探していたのかもしれない。
         
   だから彼女との他愛も無い「おしゃべり」には、助けられた事が多かった。
         
         
   限りない巡り合いの中でやっと辿り着いたように、木漏れ日のような安らぎを彼女は俺達に与えてくれたから。

   境内まで続く長い道のりの中、俺は自分自身に何かを必死で問いかけていた。

         

         
   「お前さ、出会いの未来って信じるか?」

   「出会いの未来?」

         
   「そっ。…出会いがなかきゃ未来だってないんじゃないかなぁ。」

   「………。」

   「あたしなんかの場合30人近く一気に悪ガキに出会うだろー。そう思うと凄く幸せに思えるんだぁ。」

         

   「出会いの未来なんて……ねぇよ。俺は信じたくねぇな。」

              
         

   あるのなら。

   それが本当にあるのなら。
         
   俺が今までつき通して来た堅い信念は音を立てて崩れる事となるから。

         

   「あるぞ絶対に!」

   「何で言い切れんだよ?」

   「無かったら…」」 

   「無かったら?」

         
   「今こうやってお前と二人ココに居ないじゃんかっ。バカ!」

   「…………。」」

         

   いい加減分かれとばかりに、最後はバカ扱いされる俺って―――。

   時の砂が俺の中で振り返る事を恐れるなと言わんばかりに、過去と、そして未来についてサラサラと落ちる砂の流れのように優しく語りかける。

           

   神頼みも悪くねぇかも。

   彼女の言う、出会いの未来が本当にあるのならば。

           
         

   「俺さ過去の事とか振り返ったら負けだとか、ずっとそんな風に思ってたんだ。 でもそれって、逃げてただけなのかもしんねぇ。」

   「な、何から?」

   「…。」」

   「ん??」

         
   「どっちが先に金を鳴らすか競争!勝負なっ!!勝ったら教えてやるっ!!」

   「…はっ!?し、勝負だとぉ!?」

              
         
   過剰に反応した彼女に悪戯な笑みを一つプレゼントしてから、そのまま神社の中を一気に走り抜ける。

         

   心の何処かで、先回りばかりしていたのかもしれない。
         
         
   あの頃に描いていた夢一つ。
         
   伝える手段が浮かばなかった、この気持を。

   そう――――――叶う夜になるかもしれない。
         



         

    「・・ハァハァ。 お前ホントに、女かよ・・」

    「・・ハァハァ。 勝負事と聞いちゃぁ負けられねぇ・・」
              
              
         


   略、同時に掴んだ金を鳴らす為の古い年季が入ったロープ。
         
   二人肩で息をし、乱れた呼吸の中、顔を見合わせてクスクス笑う。

             
         
   「じゃあ、一緒にって事で。」

   「了解。」

              
         




   ――ガラガラガラガラ――パンパン!!――

         

   「……………。」
  
   「……………。」

          
         
   「…上等。」

   「じ、上等?? お前、神様に一体何、願ってんだよっ??」

         

   ボソリと呟いた言葉に彼女が鋭い反応を示す。
         
   瞳をゆっくり開けると横に立つ彼女が、驚異の顔で手を合わせたまま俺を覗き込んでいる。

         


   「まぁ、色々と宣言を。」

   「せ、宣言?」

   「さっき話した事についてのだよっ」
              
   「あ、ああ。 何に? 何に逃げたり、振り返らなかったんだ?」

   「そりゃあ―――。お前に。」

   「…はっ??」

         
   ポカンと気の抜けた表情で見上げる彼女に思わず目を細めて笑って、肩を抱き寄せた。

         
  
   「もう、逃げねぇし、諦めたりしねぇ。お前の事が好きなんだ。」

         

   彼女の髪の香りを久しぶりに近くで感じた。
         
   相変らず優しい香りがしていた。
         
   抱きしめたままのガラにもない台詞だったけど、不思議と緊張は無かった。

       
         

   「なぁ。」

   「…。」

   「殴らねぇのか?突き飛ばしたりしねぇ訳?」

   「し、信じられない行動過ぎて…あ、頭が上手く回んねぇんだよ。」

   「ぷっ」
   
   「問題児ばかりのクラスをずっと受け持ってるけど、こ、こんなに驚かされたのは初めてだ…。」」

   「だろうな。」

   「ぉ・・おぉ」

          
         
   「・・覚悟決めろよな。お前にも責任あんだから」

         
         
   「う…でも…あ、あたしが……お前に惚れなかったら?」

   「それでも気長に頑張ってみるよ。」

         
   「で、でも!き、気付いたら…おばあちゃんになってるかも…だぞ?」

         
   「姿は年寄りになっても、あの砂時計みたいに気持だけは今のこの場所までいつでも戻って来てやるよ。」

   「……。」

   「寧ろ上等だぜ。」

         

   やっぱり、今この場に一番相応しい言葉は「コレ」のようだ。

   ―――上等。
         
   涙で潤んだ彼女の瞳を見下ろしながら、額に触れるだけのキスを落とす。

         
         
   「う、内山」

   「んー?」

   「今、離したりすんなよ…離されると…あたし、この場で倒れるかも。」

         

   「バーカ。離したり…しねぇよ。」 


             

   絶対に。

         

         
   彼女は俺の言葉に、胸で泣いた。
         
   静かに泣いて、言葉なく泣いて、泣くだけ泣いて、泣き疲れて、最後は笑った。



              

         

         
   抱きしめた温もりを確かにこの冬の日に見上げた夜空の輝きを、俺は一生忘れないだろう。

   心に誓い決めた、遥かな道を迷わないで生きて行く。

   それは明日を描いて生きて行けるような…生まれてきた意味を超えるような…
         
   幸せなはじまりだと、今この空に誓って思える。

         

   映る瞳はこれからの事を知らないけれど、どんな愛が…どんな風に言葉をしたら彼女の心に届くのかもさえも、解らないけど
              
   揺るがない想いなら、この先もずっと送りたいと心の底から思うんだ。


         
         
   時を刻む砂がありのままに、真実のままのこの純愛を

   流れた時間と共に呼び覚まし、届けてくれたのだから。

              

          





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   以前運営していたpurelyから。

   ユウコ様にキリリクで書かせて頂いた作品。

   リク内容は内久美で、正月をテーマということでしたv

 

   
   ちなみにうっちーが何を拝んだのか―――。

   分かりにくくてごめんなさい。

   タイトル前の書き始めの部分です;